MDLマルヤマは三重県鈴鹿市で、入れ歯や差し歯を作っている歯科技工所です
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   2008年12月21日(日)
  一夜明けたら東京









昨夜、忘年会が終わって院長先生にセミナーに誘ってもらいました。
前日の深夜に誘う方も誘う方ですが、行く僕もどうでしょう(!)
30分睡眠の後、朝6時前の電車に乗り、東京に来ています。
「本当に来ると思ってなかった!」(院長)
僕はこんな風なノリは大事にしたいし、こんな自分が好きです。


「モー娘」という女性を育てた「つんく」。
「爆笑問題」の太田光という男性を育てた、事務所社長で奥様の「太田光代」。
セミナーは、異性を育てたお二人の経験を中心に歯科医院スタッフの育て方
もまじえて、トッププロデューサーのマネージメントを勉強させていただきました。
睡魔と戦いながら・・・。


講習が終わり、同行したスタッフのハセさんと3人で会場の東京ミッドタウン
にあるレストランでランチ。
満席で、外のテラス席しかあいていない。(寒いやろ〜)
しかし、暖房マシンが席の隣においてあり、外とは思えない程暖かい。
さすが。東京。

高層ビルを遠く眺め、眼下の公園の緑も含めて、
大きな空に包まれて食事をするという、まるで異国にいるような
初めての経験をした。
おいしいランチと楽しい会話と空間。
ほとんど寝てない事など忘れて、ゆったりとした気分に。

やっぱり都会というバケモノのメニューは豊富だ。
さらりとこんな空間を提供してくれる。
引き出しには無限のサプライズが詰まっていて酔わせてくれる。

お金を払って時間をさいて、人の話を聞きに行く事自体に価値があります。
つんく曰く「いつも勝負パンツをはけ」に学び、
頭の回転がよくて、聞き上手なハセさんに学び、グローバルで柔軟な
考えを持つ院長先生に学び、有意義な東京でした。
またこんな時間と空間を得ようとするなら、
いつもスイッチは「ON」を押せるような自分でいなければならない。

   2008年12月20日(土)
  忘年会





日頃お世話になっている歯科医院の忘年会に、
佐藤と参加させていただきました。
スタッフの成熟度に感銘をうける程の演出に感動。
この素晴らしい集団を作り上げた院長の努力と人間力。
来年もこのチームのお手伝いをしたい。

心あたたかいスタッフの皆さんの思いは、
きっと患者さんに届きます。


忘年会で、最優秀スタッフの表彰がありました。
見事一位に輝いたKさんは喜びのあまり
涙を流していました。
もらい泣きする人もいて、こちらまで感動。
感動といえば左の写真のおふたり。

左は婦人警官で右は客室乗務員。(注:お店の人ではありません)
忘年会にコスプレで来るとは、やはり突き抜けています。

普段はこじんまりと仕事をしている僕と佐藤にとって、年に一度の
華やかな世界でありました。
院長先生はじめスタッフのみなさん、ありがとうございます。
来年は我々、女装でもしますか。

   2008年12月12日(金)
  びヨういん
とこやじゃなくて美容院です。
美容師という職業は大変だと思います。
シャンプーなんて特に大変だと思います。
見知らぬ人の頭を洗うなんて、すごいです。
もうしわけなく思います。
ありがとうございます。
でも、シャンプーへたな美容院には行きません。
お金は人に払います。
物は人から買います。

僕は美容院のことを「パーマ屋」と言う、ちょっと古い世代です。
もっと古いと「パーマネントあてる」と言います。
長持ちするように「きっつぅ〜パーマかけといて」と言います。

   2008年12月11日(木)
  びよういん
びょういんじゃなくって美容院に行きました。
中学生の頃、それまで行ってた床屋さんをやめて美容院にかえました。
耳をかみそりで切られたからです。
帰りに鏡を見たら耳に絆創膏が貼ってあり、
「ごめんね。ちょっと切ってしまったん」
床には血にまみれたティッシュペーパー数枚。

客が子供だからといってなめてはいけません。
その後、床屋さんには行かなくなったし、行く気もありません。
僕の耳を切った床屋のおばさんは、客をたったひとり失っただけかもしれないけど、
「床屋さん」というものに生涯不信感を持った人をひとり作ってしまった事は、
床屋さん業界にとっても損失ではなかろうか。(おおげさやな!)

仕事は、自分のテリトリーの責任だけでなく、
業界全体に影響を及ぼす事もある。
ちいさな不信の種がやがて国をもまきこむ事件になる。


床屋のおばさんが、僕の耳を切った時、
この一言があれば、ぼくはその後もT理髪店に行ってたかもしれない。
 それは 「ごめんなさい」


子供に対しても「ごめんなさい」といえる大人こそ、真の大人です。
間違ってたら、ごめんなさい。
大人になればなるほど言わなくなる言葉。

総理大臣が「ごめんなさい」なんて言ったら、
案外、新鮮かもしれない。

   2008年12月7日(日)
  たけヤン
たけヤンが来ました。
亡き父の友人で、僕が子供の頃よく遊んでもらった人です。
たけヤンと父は、気が合うようで、本当に楽しそうに二人でよく酔っ払っていました。

父が亡くなり三年半たちました。
いまだに生前の友人が焼香に訪ねてきます。

そして、楽しかった思い出を語ります。
一緒に山登りした、とか旅行したとか。
みんな楽しそうに語ってくれます。
まわりを楽しませる事、好きだったようです。

そんな父を誇りに思います。

   2008年12月5日(金)
  ワンカップ多聞






息子が学校で「戦争にまつわる物があったら持ってくる」
という宿題を命ぜられた。

そこで、持たせたのが、「ワンカップ多聞」。
お世話になった、今は亡きDrに頂いたものだ。
Drは第二次世界大戦の終戦間近、
学徒動員で海軍として出兵した。

この「ワンカップ多聞」についての経緯は、
ずいぶん前に頂いたので忘れてしまったけど、
戦争当時、出陣の際、別れの杯として使われた物かもしれない。
なにせ貴重なものだから、大事に持たせてやりました。

ところが、クラスで話し合った結果、レプリカではないのか?
という意見が出たそうだ。
理由は、グラスに刻まれた「アルコール度数・・%・・・」の表示。

戦争当時、こんな表示がされているわけない。というのだ。
なるほど!もっともだ。
小学生とはいえ、あなどれない。


そんな話をしながら、僕はもっと決定的な証拠をみつけてしまった。
なんと、パッケージの裏に、バーコードが印刷してある!!!
さすがに戦争当時バーコードは無かったはず。
なぜこんな事に気付かなかったのか。


これはおそらく戦後、海軍の同窓会か何かの記念品だったのではないか。
という所に話はおさまった。

思い込みで失敗する事は多々ある。
戦争もそうだったのかもしれない。

   2008年12月2日(火)
  全快 2
昨夜、歯科医院に納品に伺った時、若いドクターお二人から
「風邪、もう大丈夫ですか?」
と声をかけていただきました。

お気遣い、ありがとうございます。

ちょっとした言葉かもしれないけど、受け取る側は、とってもうれしいものです。

   2008年12月1日(月)
  全快
胃腸風邪が治り、おうどんを食べました。 おいしかった。
(敬意をこめて「お」をつけてみました。)おうどん。

昼は、おうどん。夜も、おうどん。
明日も、おうどん。
ありがとう。おうどん。

おうどん。おうどん。





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